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アラサー新婚OLの記録

結婚生活、試行錯誤中。

今週月曜日からのこと/私の変化

私は変わったと思う。この状態が維持できるかどうかは分からないが、変化する前の状態より、心が楽なのだ。楽なのだから、このままでいたほうがいいし、いるべきだろう。

どう変わったかといえば、生活の中心から「夫」というものの位置がずれた。中心には、「私」が置かれた。
例えば、変化する前の私であったなら、今日のように夫が出張から帰ってくる日とあれば、予定を入れずにまっすぐ家に帰り、夕食の支度をする以外に選択肢がなかった。無理してこうしていたわけでなく、自ら好き好んでやっていた。「夫」が私の生活の中心にあったからである。夕食を夫が喜んでくれて、食べたらそれを片付けて、お風呂を沸かして、洗濯物を片付けて……一緒にお風呂に入って、一緒にゲームをするかもしれない。そのあと一緒に寝る。
とにかく、夫と過ごせる時間というものを、自分から減らすことが嫌だった。嫌というか、不安と言ったほうが近いかもしれない
。今思うと、それがいいこととは思えない。だって、夫がそれを望んではいないのだから。

お互いがそれぞれの時間を過ごし、ふたりになったときに思いやりを持って夫に接する。好奇心を持って話を聞く。
自分が、夫以外の世界を楽しんでいれば、心に余裕が生まれて、夫の言動や態度を深読みすることもなくなるだろう。「機嫌が悪いんだ」「疲れてるんだな」と受け流すことができるだろう。それを今までは、「私のことが嫌いになったのかな」「何か悪いこと言ったかな」としていたところを。
当然のことだが、こんな卑屈なパートナーに魅力なんてないのだ。楽しそうに、充実した生活を過ごしているパートナーのほうがいいに決まっている。

私は今日、会社の飲み会に参加する。
参加を決めたのは、私が変化する前のことだ。当時の私は、この飲み会を断ろうとしていたし、夫のスケジュールの確認もしていた。とりあえず断りにくいので、参加としておいて、当日行かないことにしようとも思っていた。
でも、今日私は、この飲み会に参加する気満々である。夫のことを考慮することもない。明日が辛くならない時間に帰って、お風呂に入って寝ようとだけ考えている。夫との時間をとることを考えて早く帰ろうなんてことも、思わない。
ああ、なんて楽なのだろう。でも、これがいわゆる「普通」なのではないか? 私は私の用事を楽しみ、それが終わったら家に帰る。たったそれだけのことだ。そこになぜ夫のことを考える必要があるだろう? 全くない。

出かける前に、夫のためにバスタオルを出して置いた。私のパジャマと下着も、脱衣所に置いてきたのは、私のクローゼットがある寝室で夫が寝ているところを邪魔しないための配慮だ。
それでいいのだ。今日は、楽しもう!