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アラサー新婚OLの記録

結婚生活、試行錯誤中。

別宅生活・2泊目

今週の月曜、夫は2回目となる別宅での宿泊をした。土曜日に買ったテレビを持って行った。ニトリからテーブルが届くのもこの日の夜だったそうで、計画的な宿泊であった。しかし私は当日の朝まで知らなかったので、普通に炊飯器のセットをして家を出たのであるが、夫は「今日ははなれ(別宅)だよ」と言うのだ。私は、「なら、ごはんのセットをしているときに言ってよ」と言った。多く言ったところで私が不利になるばかりだということはよーく学んだので、夫が「俺のことを考えてくれていたんだね。じゃあはなれは明日にするよ」と言い出したが、私はそれは拒否した。だって、夫は今日は別宅に泊まるつもりだったのだから。おそらく、テーブルが届くとわかった時点、おそらく数日前だろうが、そのときから今日は別宅に泊まるつもりだったわけだ。それを、当日の朝に変更となったら、夫はきっとあとになって、私によって予定を変更せざるを得なかった、と考えることになる。自分から提案したことであっても、こうなるのである。私はその辺ももうよくわかっている。だから、夫には別宅へ行ってもらった。そうして夕飯の支度が不要になり、空いた夜の時間は、ネイルサロンと外食に充てた。楽しく過ごさなければ。

そうして昨日、別宅へ一泊した夫は家に帰ってきた。別宅での話も、仕事であった話も、夫からしてきた。私からは、余計な質問はしない。それを、改めて心に留めていた。別宅のほうがよい、となってしまったら困るが、別宅でひとり暮らしごっこをすることに満足してもらわなければ、我々に夫婦としての先はないのだ。だから、別宅をこき下ろすのは絶対にいけない。どちらがいいかとか、そんな質問を戯れにするようなこともいけない。私は淡々と、干渉せず、楽しく過ごすこと。楽しく過ごしていることを、夫に感じてもらうこと。それが目指すところである。

今朝もいつもどおりの機嫌で、夫はそれなりによく喋りながらの通勤であったが、ひとつ気になったのは、目的の駅について改札に向かいながら、「気分が落ち込んでいる」と言ったことである。極めて軽く放たれた一言だったが、こういうのは私としては見逃せない。なぜなら、私に関係するものが気分の落ち込みの原因と思われては困るからである。夫自身は、なぜ自分の気分が落ち込んでいるのかわからないようだった。「昨日疲れたからかな」と言っていたので、私はそれにかぶせた。「そうかもしれないね、昨日は日帰り出張だったし。帰りにビールとお弁当をつまんだなんて、珍しいよね。それくらい疲れていたのかもね」。そうであってほしい。
それに対し夫は、「ああ、そうかもしれない」と言った。だが、その気分の落ち込みについて、原因の追求をそこで終えるようなタイプではない。おそらく、その後もなにが原因として考えられるか熟考に熟考を重ねている可能性が高いだろう。していてほしくないが、それが現実なのである。
それにしても、気分が落ち込むとは……気になるが、私は私。私は私で楽しく過ごしているのが何より正解に近いのもわかっているのだ。

はなれ

3月も残すところあとわずか。肌寒さを感じながらも、ウールのコートに抵抗を覚えて、昨日はスプリングコート、今日はブルゾンを羽織っている。図らずも夫のコートと私のブルゾンが同じカーキであった。朝はおそろいの色で出勤した。こんなことも、私にとっては心温まる出来事であるのだが。

夫が借りた「はなれ」であるが、一昨日に初めてその役割を果たすこととなった。夫は社会人になって初めてのひとり暮らしの夜を過ごしたのである。
社会人のひとり暮らし、というのは、夫にとっては重要なキーワードであって、結婚前にやり残したことだという。かたや私はといえば社会人になって以来6年ほど一人暮らしを経験したわけであるが、その上で、もちろん楽しい部分もあるけれど、寂しい部分もまた大きかったと思っている。今となってみれば、寂しさの方が大きかった。誰かと暮らしたいという思いが、婚活のきっかけと原動力にもなったわけだ。
とは言え、そんなひとり暮らしも最初の数年は楽しかったので、夫が一人暮らしをしたいと言い出したときは、「ひとりのほうが楽しくなってしまったらどうししよう」と思ったし、今も思っている。だから、夫の初めてのひとり暮らしの日は、私も胸が少しざわついていた。

そもそも、それがなぜ一昨日だったかと言えば、その前日の夜に「そろそろむこうに泊まってみなよ」と私が切り出したからである。私は、一人暮らしを夫がどう感じるかという未知数な部分を早くクリアにしたかったのだ。
そうして一昨日の夜は、夕飯を作る必要がないので、女友達に誘われるままに蕎麦を食べて帰ったが、帰り道、家の近くに差し掛かった頃に夫からLINEが来た。部屋のなかの写真が送られてきたのだ。その後とりとめのないやりとりをして、夫は外へ食事に、私はお風呂に。やりとりが止んだ。私は寝る前に再び夫にLINEをした。出張中のように、「おやすみ」という内容である。すると、送信するなりすぐに既読がつき、夫から電話がかかってきた。出ると、「おやすみ」。そこから少しだけ話をして、切った。

一泊して帰ってきた夫は、ゆうべ寝る前に「昨日は暇だった」と言った。寂しさも大切だけれど、こういう感想ももちろん大事だと思った。一緒にいて「おもしろい」と言う夫。私は、少しだけほっとする。

三連休初日/満腹の不快感

今日は三連休初日。朝起きて、食べたかったうどんを食べに出かける。これはよくあることなのだが、実際食べていると、これ以上はもういいとか、そこまで感動しないとか、とにかく来るまでの情熱は嘘のように失せてしまって、ただせっかく食べたくて来たのだし、普段なかなか来ないし、とりあえず全部食べることにはなる。その結果、今日も例外なくお腹がいっぱいになって、不快なくらいだ。そこからスタバに寄り戻って来た。スタバも私には味が濃いのだが、それがわかっていてもこうして来てしまうのは、学習が足りないのだろう。

そうして帰って来たのだけれど、休日を無駄に過ごしているような気分になってしまった。いや、まだ始まったばかり。キンドルを充電して、今読んでいる本を読み終えよう。後、小説のプロットを作ろう。

出張三日目

今週は、月曜から金曜まで夫が出張で不在である。先週末の仕事のミスをなんとなく引きずり、会社に行きたくない気分の私は、いつになくだらけている。その証拠に、月曜は欠勤、以降本日水曜日に至るまで遅刻続きである。体調不良を理由にしていたら、確かに体調が悪いような気がしてきていて、頭痛薬が手放せない。カロリーも過剰摂取してしまっているし、(おそらく)食べ過ぎにより胃の調子もあまりよくないし、不調と言えば不調である。
伸びかけの髪の処理もうまくできず、いまいち決まらない髪型とメイク。治ったと思っていたはずのニキビが再び赤みを帯びて炎症を起こしたようになったことで、憂鬱さを助長する。ああ、肌がきれいになりたい。痩せたい。二の腕やウエストを気にせずに服を選びたい。短い首が伸びたらいいのに。一ヶ月くらいで髪が胸まで伸びたらな。無理なことばかりだ。

脚本もほぼ手付かずで、小説のプロットすら練れていないが、私が人から褒められた経験がある創作に関しては、今、優先順位を高めに設定して取り組まなければならないものだと認識している。なぜなら、自己肯定感がものすごく低いから。ただ、書けば、楽しいし、自分を肯定できると思う。

出張中の夫からのLINEは、二言三言。以前は「おやすみ」かおやすみスタンプだけだった。当時はそれでもうれしかった。
でも、それよりもっと前のように、今は、その日あったことや思ったことを付け加えたメッセージを送ってくれて、うれしい。昨日は、写真を送ってくれた。現地の有名な観光名所のものだ。私は行ったことのない場所だが、テレビで何度も見たことがある。そんな場所を、見たことのない角度から、無造作に撮った夫の写真には、それが本当にその街にあるのだという生々しさが滲んでいた。

今夜は、出張三日目。昨日までと違い、私は友達と会う約束がある。中学・高校時代からの女友達。卒業して10年以上経ったいまでも、こうして気軽に食事に行けるのはとてもうれしい。早く会って話したい。でも、あまり遅くならないようにしなければ、自宅最寄り駅まで乗換なしで帰れる電車がなくなってしまう。それに間に合う程度の時間で、切り上げよう。
今夜楽しく過ごしたら、明日は遅刻しないで会社に行きたい。翌朝には、気が変わっているかもしれないけれど。

何もしない日曜日/「干渉しない」ということ

今日は珍しく夫が先に起きた。正午ごろだった。
私はとりあえず化粧をし、夫のために昼食を用意した。目玉焼きと、トーストに、昨日の残りのサラダ。トマトを切ったもの。それだけだが、私にしては頑張って用意した。夫はどんなものでも「ありがとう」と食べてくれる。今回もそうで、私はそんなことがありがたい。
夫は指輪を外していた。ジムに行くからだそうだ。以前の私なら、なんで指輪を外したのかということにこだわって、大げさにリアクションして見せたに決まっている。でも、あえて触れない。理由があって外したのだろうから、それをいちいち確かめなくたっていいだろう。
ジムから帰ってきた夫は、シャワーを浴びたあと、自ら指輪をしていた。忘れずにつけてくれることが嬉しい。こちらがいちいち言わなくてもしてくれるのだ。「指輪して」なんていうよりも、自ら進んでしてくれた方が嬉しいじゃないか。
干渉しないということの意味を、私は最近になってようやく理解しかけている。相手の動作一つ一つに口出しないこと。それがまずは一つ、なのだろうと思う。

夫がジムから帰ってきたあと、年末ぶりに一緒にスーパーへ買い物に行った。年末の時は、まだ険悪な雰囲気があったから、お互い楽しい気分で行った日を考えるともう随分前のことになるだろう。なんでもない話をしながら、スーパーへ行き、買い物を済ませてまた一緒に帰ってくる。何気ない日常の出来事なのだろうが、私にとってはとても幸せだ。
今となっては、適度な距離感が保てている気がしているが、そうすると一層強く感じるのが、以前の距離感の異常さだ。当時はわからなかったが、確かに近すぎたのだろう。それぞれの時間を持ちつつ、力を抜いて接せる空気感というのは、なかなか心地いい。

今夜は夫にハンバーグを作った。確か以前も休日の夕飯にハンバーグをリクエストされたことがあった。夫はハンバーグが案外好きなのだろうか。

女友達と休日昼に遊んだ

大学時代のアルバイト仲間だった女友達と、銀座で遊んだ。集合は11:30、オーガニックランチが食べられるレストランで、だ。
私と友人は会うなり近況を語り合い、ひたすら食べた。結構ボリューミーな内容だったが、その後少しウインドウショッピングをしてすぐにまたお茶という名目でクレープを食べた。お腹は空いていなくても、女友達と出かけたならおしゃべりに美味しいものはつきものなのである。二人でクレープと紅茶をのみ、それらを平らげてからもしばらく座ったままおしゃべりを続けた。内容は、夫との夜のこと(下ネタ)や、女性特有の体の問題について。30歳にもなると、体の悩みはどうしても出てくる。彼女が「最近白髪が出てきた」というのを聞いて、私も人ごとでないと思った。確実に、年々、老けていくのだ。
私もほうれい線や肌のハリについて、最近密かに悩んでいる。顔の造形はもとより、その土台の部分が目に見えて衰えていくのを感じる。抗えない。どうしたって老いていくのだ。それなら、体に良いもの、肌に良いものを食べるに限る。好きなものやお菓子ばかり食べていてはいけないのである。私はそれを思いながらも、なかなか行動を改善することができていない。早く気づいて、早く行動に表すことができる人が、あとあと笑うのだろう。早く私もそうしなければならない。自分に言い訳ばかりして甘やかしたとしても、結局自分にツケが回ってくるのである。

そうして私と友人はクレープ店を出た後、百貨店のコスメ売り場を回った。友人はRMKのアイシャドウを買っていた。春らしく明るいベージュに、綺麗なパールと細かいラメが入っている素敵なアイシャドウである。私も何かリップでも買おうと思ったが、買わなかった。すでに春のものを買っていたからか、特段欲しいと思うものがなかったのだ。もし買い物をするなら、綺麗な色のスプリングコートなど服が欲しいと思うが、今月はあまりお金を使いたくないのも正直なところである。そんなわけで私は今日は買い物を我慢できたが、明日夫ともし出かけたら、何か買いたい。それこそ、春らしい綺麗な色のものを。本当はバッグとか欲しいのだけれど、高くてとても手が出ない。貯金をしなければ。

転職失敗/行動すること

昨日、転職希望の会社へ面接を受けに行った。その結果がさきほどメールで来て、不採用。残念だが、今いる会社にもそこまで不満がない。もちろん、今回受けた会社は憧れの会社で、書類が通って本当に嬉しかったが、まぁしょうがないかな、とそこまでショックも受けずに済んでいる。
こうしてひとつ結果が出たのだし、次なる目標に向かって動かねばならない。小説。脚本。やることがない、退屈だ、なんてのは単なる思い込みだということはもうわかっている。実際、今の私にやることはたくさんあるのだ。それを片っ端からやっていく。ただそれだけのことである。今回の書類応募だって、私が動いたから発生したイベントだ。動けば、周りも動く。動いたほうが楽しいから、私は次の目標を今日中に決めるのだ。

夫はというと、先週末、私を別宅に入れてくれた。夫もまともに部屋にいたのははじめてだろう。届く荷物を受取るための目的だったが、私はなにもせず、遊びに行っただけ。夫は一人暮らしの部屋を自分の思うインテリアで作り上げるのが楽しそうだった。楽しそうな夫を見たり、部屋に入れてくれることだったり、私は嬉しかった。夫は私と一緒に帰ってきたので、まだ別宅でひとりで夜を過ごすことはしていないのだけれど、夫はすでに「寂しい」という気持ちが芽生えつつあるというので、私はちょっとだけ安心している。一人暮らしの方がたのしくなってしまったら、という不安が消えることはないのだけれど、日常生活のなかで私が一緒にいることにメリットを感じてくれているのであれば、それはとてもうれしいことだ。

さぁ、応募する賞を決めて、作品作り!